丈艸と惟然 ④
洛の惟然が宅より古郷へ帰る時 『続猿簑』
鼠ども出立の芋をこかしけり 丈艸
丈艸と惟然の交遊についてふれるとき、よく紹介される句のひとつ。
前々回の「木枕」の句は惟然旅立ちの折のものであったが、これは元禄7年7月丈艸帰郷のときのものと推定されており(*)、惟然は元禄5年から7年にかけて京で仮寓していたらしい。
丈艸旅立ちの朝、惟然がせっかく膳に出した、あるいは出すつもりだった芋(里芋)を鼠どもにちょろまかされてしまったという話であり、諧謔の味も添えた一句である。
この句は、惟然の貧に徹する生活の様子を強調するためによく引用されているし、当時の俳友たちも惟然の衣食住が余りに簡素なことにずいぶん呆れはててはいた。
惟然のそうした暮らしぶりから、この句は一口咄として面白く受けとめることができるかもしれないが、私にはむしろ、惟然が大切な友にとっておきの芋を出して精一杯の餞をしようとしていた心遣い、そのことを有り難く思う丈艸の心の裡が伝わってくる吟なのである。
純朴で、無邪気な人柄であったといわれる惟然のことを、丈艸は誰よりもよく知っていたのではないだろうか。予想外の出来事にびっくりしながらも、ふたりの笑い声さえ聞こえてくるのである。
(*) 松尾勝郎『内藤丈草』、堀切実『蕉門名家句選』などの句解による。
惟然の「産湯の井戸」:関商工会議所北側の駐車場脇(2017年夏)
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