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2020年8月16日 (日)

涙の図書館(2)

131649      1946年6月27日宇品引揚援護局に入るシンガポールからの帰還兵
資料元:Australian War Memorial
ID number 131649
1946-06-27. JAPANESE REPATRIATES MARCHING THROUGH THE GATEWAY OF THE REPATRIATION DEPOT AFTER THEIR ARRIVAL FROM SINGAPORE. SIGNS ON EITHER SIGN OF GATEWAY READ, (LEFT) LET'S DO OUR BEST; (RIGHT) UJINA REPATRIATION CENTRE.Public Domain Mark

(承前)

閲覧していた『局史』の幾つかの頁を複写した。
複写漏れがないかどうか見直しのために頁を繰っていたとき、父の回想記に書かれていた或ることを思い出したのである。

《 
援護局宿舎の部屋は、戦時中(昭和18年4月)に中支から船舶練習部へ派遣されたとき使った部屋と同じであり、その偶然に驚いたのである。

実は複写するまで、「局史」の本文をあまりみていなかったので、「宿舎」について記されている箇所を探して読んでみると、その施設概要に続けて、部屋に残された或る落書のことに触れていた。だがそれはもはや公的な役所の文章とは思えなかった。

復員引揚げの人の落書と思はれるのにこんなのがあった。『引揚げし今宵の宿よ此の月よ』。五年も七年も南方作戦に従事し、戦ひ終ってからは彼の地の復旧工事に使役される身とはなった人々が、祖國の安否を心配して、殆んど全部と云って可い程神経衰弱症に陥り、甚しきは狂気した人さへあった。而して一日でも早く故国の土を踏みたい、いや、それが六ケ敷しいなど、自分が帰れる予定の日でも知りたいと朝な夕な念願したのであった。 そんな人達が出陣の際は歓呼の嵐を浴びて乗船出発したのであったが、今日の復員引揚げは一人寂しいことであろう。過ぎ来し事どもを追憶すれば実に萬感交々胸に逼るものがある。(中略) 上水道の水で存分に躰を洗ひ、美味の水を腹一杯飲んでから、割当られた室に入ってゴロリと横になってみれば、忘れてゐた畳の懐かしさが一気に感傷的になる。」
『海外引揚関係史料集成(国内篇)』
第6巻 宇品引揚援護局史 43頁

ここに描かれた帰還者の姿は、あたかも、いやまちがいなく父であった。文字を追いながら24歳の父がしぜんに瞼に浮かび、やがてその姿は滲みはじめた。いい年になって、しかも図書館で我を失うとはなんて情けない奴なんだ、と自嘲しつつもやがて溢れてくるものを抑えることができなくなり、閲覧室の机に伏して袖を濡らしてしまった。
そのとき、机の隣にいた女性が声をかけてくださったが、体調が悪いのではないかと心配されたのだろう。(ほんとうに申し訳ないことでした。)

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