シロカニペ ランラン(2)
(承前)
「銀のしずく 降れ降れ まわりに
金のしずく 降れ降れ まわりに」
「シロカニペ ランラン ピシカン
コンカニペ ランラン ピシカン」
『ユーカラ鑑賞』と出会った鈴木さんは、冒頭の「フクロウ神の謡」で繰り返される「おりかえし」を何度も口ずさんだ。そのたびに何となく「私のまわりにキラキラと明るく、こぼれ散るものがあるような」気がしたという。
このリフレインは、やがて「銀河の泡を思わせる」ペルセウス座の二重星団の印象へとつながってゆく。彼女が二重星団を双眼鏡で見たときはまだ霞んでいたものが、ある日見た天文雑誌の表紙を飾るその星団の大写しを見たとき、はっきりと像を結んだ。
「二つかみの宝石がキラキラ播かれてくるような美しさが、双眼鏡で見たときの印象に重なった。」
シロカニペ ランラン ピシカン
コンカニペ ランラン ピシカン
文章の最後を彼女はこう結んでいる。
「人間たちの住む国に、しあわせを呼び、降らせる歌が、暗い空からこぼれていた。」
1927(昭2)年岡山で生まれた彼女は結婚後四日市に住むことになった。幼いころから星が好きで、学校の図書室の本などから星座図を敷き写し、それを挿絵にして星の思い出や観望記を書き添えていた。それらは嫁いだときに持ってきたが、伊勢湾台風(昭和34年)で失われてしまった。
やがて地元四日市では大気汚染の問題が深刻化し、裁判も始まっていた。育った岡山で親しんだ星空は思い出になってしまったが、火星などの惑星はここでもかろうじて観望できる。鈴木さんが火星大接近を前にして、口径6センチの望遠鏡で火星の原色スケッチを始めたのが1971(昭和46)年の夏であった。しかしそのころ、最小年38歳の原告だった主婦が喘息のために亡くなっている。
失われた青空と星空が戻ることを念じながら、それまでの星の観望から観測へとすすみ、のちには流星塵観測も始めた。
1973(昭和48)7月原告全面勝訴の判決に喜びつつも、「結びにかえて」のなかで「なぜかもっと大きくむずかしい何かがはじまったような気が」したと記した。
あれから半世紀近く経つが、鈴木さんのいう「むずかしい何か」は今も私たちのなかにありつづけている。とくに今その感は強い。ひたすら望遠鏡をとおして火星を見つめていたとき、実はほんとうに彼女が見つめていたものが何であったか、別の文章で次のように書いていた。
「直径六センチの小さなレンズが、力一ぱい私の心に投影していたのは、銀色の月をつれて、真暗な真空に浮かんで自転する地球の、小さな星である姿と、かけがえのないすばらしさではなかったのだろうか。視野の火星が遠く小さくなってゆくにつれて、青と白とに輝いた地球の姿が、次第に大きく心の中に浮かび上がってくる。息づくように渦巻いている雲を透して、日本の島々が、私たちの街が・・・。」 (「ほんとうの大きさ」)
鈴木さんは1985(昭和60)年8月、58歳のとき亡くなられた。
自分にとって、いつも「二重星団」とこの「ユーカラ」が結びつくようになったのは鈴木さんの文章を読んでからだった。
1997(平成9)年の冬1月、ちょうど今時分の深夜、天頂へ双眼鏡や写真鏡を向けたとき、淡く滲んだふたつの星団は、たしかに銀や金のしずくにちがいなかった。冬の銀河の片隅から煌めき降り注ぐ光のしずくを、あの夜いつまでもいつまでも見つめていたことを思い出す。
その夜フィルムに写り込んだ星団の写真[前記事(1)]は、すぐに『アイヌ神謡集』の栞になった。
(このブログのタイトルの「フクロウ」は、このユーカラに因む。)
参考
『星のふるさと』 鈴木壽壽子 誠文堂新光社 1975年
『星のふるさとのこころ 四日市1971~73年 夜空の記録』
四日市人権センター 冊子PDF(→★)
『鈴木壽壽子さんのこと』 西山洋
東亜天文学会 会報『天界』2009年4月~5月号
上記再編集記事(→★)
『アイヌ神謡集』 知里幸惠 岩波文庫 1978年
『ユーカラ鑑賞』 知里真志保・小田邦雄 潮文社新書 昭和43年
[元は1956(昭和31)年 元々社刊行]
『北の人』 金田一京助 角川文庫 初版昭和27年
なお、1998年に小林隆男氏が発見した小惑星には彼女の名がつけられた。
以下のサイトには、簡にして要を得た彼女の業績が記されている。
JPL Small-Body Database Browser(→★)に掲載の一文
”8741 Suzukisuzuko
Discovered 1998 Jan. 25 by T. Kobayashi at Oizumi.
In 1975 Suzuko Suzuki (1927-1985) published a collection of poetic essays on her love for the beauty and wonders of the starry night sky. She made many accurate and beautiful color sketches of Mars with a small refractor in 1971 and 1973 and continued counting micrometeorites from 1972 to 1978.”
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