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2023年3月

2023年3月29日 (水)

火とぼしころを

ひと恋し火とぼしころをさくらちる 加舎白雄

さて、きのうもきょうも空が焼けた。
10分足らずの出来事だった。
夕闇深まるなか、風は収まったけれど、
閑かに桜花は謝す。
そして遠く東に住むひとのことを想う。
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上 18:14   下 18:22   29/Mar./2023 
犬山成田山

加舎白雄は信州上田藩松平家の深川抱屋敷で上田藩士加舎家次男として出生。蕉風復興に力を注ぎ、蕪村とならび俳諧中興の祖の一人(1738~1791)。「ひと恋し・・・」の句碑を墨田区の白鬚神社で見たことがある。また信州上田城跡公園にも句碑があるらしい。

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2023年3月10日 (金)

落日犬山城

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        犬山成田山より(17:46 10/Mar./2023)

この季節になると日の入り時の犬山城を撮影するひとが増え、桜が咲くころまで続く。今日は撮影者の集まるところからは少々離れて写してみた。
半年後の9月ごろの夕陽も美しいが、秋の満月が犬山城へ沈む月の入りも趣がある。

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2023年3月 6日 (月)

呑水(5)

(承前)
承前といっても、「呑水」のことを記事にしたのは半年以上も前のこと。今さらという気もするが、中途半端は嫌なので書き足しておく。
振り返ると、『犬山市史』の「呑水」について書かれた林輝夫の文章のことから始め、彼が『艸ほこ』(呑水)の翻刻をしたことや美濃加茂の俳誌『自在』を主宰していた西田兼三との交流のことなど、幾つかの事柄(断片的事実)を繋ぎ合わせながら記事にしていたのだが、肝心の呑水そのひとについては(2)で墓碑や生涯などについて軽く触れただけだった。

まだあまり触れていなかった彼の句や『艸ほこ』、そして追悼集『蓮の実』のことについて最後に少し記しておく。

〇彼の句。
前に記したものを含め、あらためてそのいくつかを見る。

梅散るや浅黄布子の洗ひ時   「矢矧堤」

手のひらで雨をしる夜の水鶏哉 「菊の香」

朝経にまけじまけじと蝉の声  「砂川」

鬼松の影やはらりと夏の月   「東華集」

人気なき雨の匂いや梅山椒   「渡鳥集」

 辞世
蓮の実の十方にとんであそびけり

意味のよくとれない句も多いなかで、自分にとって比較的わかりやすい句だけを少し拾ってみたが、もちろん句を評することなど自分にはできない。ただし名古屋の情妙寺で碑になっている「手のひらで」の句は気に入っている。

〇彼のいくつかの文章を集めた『艸ほこ』。
林がその一部「蜂屋へ紀行」を翻刻した『艸ほこ』には、他に内津(今の春日井市内津)への旅(遠足)や丈草から届いた手紙などが記されている。しかし翻刻できるような力は自分にはないので、いったい何が書かれているのかは今のところほとんどわからない。

〇呑水の追悼集『蓮の実』。
国文学研究資料館からその写しを送ってもらった。「序」が楚竹、「封塚辞」は犬山妙感寺の日長、「跋」は犬山出身の馬州が書いている。
二つ目の日長の文章には、呑水の遺言として「骨は源頂山におさめ、生前の抜歯を一翁山に贈るべし」と記している。したがって以前の(2)にある碑の写真のように、かつて住持であった犬山の一翁山妙感寺には「歯塚」が建てられたのである(馬州の跋では、呑水の「朝起の癖」にまつわる思い出話が書いてあった)。なお作句者をみると、地元尾張だけでなく近江、飛騨、伊勢、さらには奥州や九州のひともいる。僧侶であり俳人でもあった呑水の人柄を慕うひとはずいぶん多かったのだろうと思う。

それにしても気になるのは、『艸ほこ』に収められている呑水宛ての丈草の手紙である。

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    呑水(遠光院日陽聖人)の歯塚背面 
     [犬山・一翁山妙感寺 2022年]

参考:
〇なぎの舎随筆Ⅰ
「尾北俳諧覚え書」市橋鐸 私家版 昭和45年
〇『蓮の実』 呑水追善 楚竹編 享保十四年
〇『矢矧堤』については
『新編岡崎市史 13近世学芸』の翻刻参照
〇他の参考図書は「呑水(2)」に記した。

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