参考文献等-その3-
今回は、引揚・復員、広島・宇品等に関する文献を挙げます。
●引揚・復員及び南方圏の抑留について
① 「海外引揚関係史料集成(国内篇)」
第6巻 局史(宇品引揚援護局)
加藤聖文 編 2004年 ゆまに書房
父が帰還船だった英軍病院船の名前も確認できた文献。当時の
援護局の様子もわかり、私にとっては重要な本となった。
② 「日本軍の捕虜政策」 内海愛子 2005年 青木書店
③ 「日本降伏後における南方軍の復員過程-1945年~1948年」増田弘
(東洋英和女学院大学現代史研究所紀要 )
雑誌 現代史研究第9号 2013年
父の帰還が遅れた背景を知ることができた文献。
④「復員・引揚げの研究」田中宏巳 新人物往来社 2010年
●広島、宇品、原爆について
⑤ 「広島原爆戦災誌」 第1巻(総説) 広島市 1971年
⑥ 「新修広島市史」 第2巻(政治史編) 広島市 1958年
⑦ 「加害基地 宇品」 空辰男 1994年 汐文社
⑧ 「宇品線 92年の軌跡」 RM LIBRARY 155 長船友則
NEKO PUBLISHING 2012年
⑨ 「ヒロシマの被爆建造物は語る -未来への記録 被爆50周年-」
広島平和記念資料館編 1996年
⑩ 「ヒロシマをさがそう 原爆を見た建物 」
山下一也他 西田書店 2006年
⑪ 「放射線影響研究所要覧」 2014年7月改訂版(HP版)
⑫ 「放射線影響研究所のご案内」 2013年版(HP版)
⑬ 「三たび平和のために」
丸山眞男著作集第5巻(1950-1953)岩波書店 1995年
⑭ 「戦中備忘録」 丸山眞男 日本図書センター 1997年
⑮ 「丸山眞男と広島」 林 立雄 編 IPSHU 1998年
⑯ 「丸山眞男:24年目に語る被爆体験 1969年」
広島原爆資料館録音資料
⑰ Averill, A.Liebow
"Encounter with disaster A Medical Diary of Hiroshima, 1945."
Condensed from the original publication 1965
Yale Juournal of Biology and Medicine,
(PubMed Central(PMC) からダウンロード)
⑱ 「続 羊の歌」加藤周一 岩波新書 1968年
⑲ 「吾輩は猫ではない2 兵隊暮らしとピカドン」
江戸屋猫八 ポプラ社1983年
⑳ 「櫻隊全滅 ある劇団の原爆殉難記」 江津萩枝 未来社 1980年
㉑ 「仲みどり」を探す旅」 青木笙子 河出書房新社 2007年
㉒ 「ヒロシマはどう記録されたか」 小河原正己 朝日文庫 2014年
㉓ 「二○世紀の自画像」 加藤周一 ちくま新書 2005年
㉔ 「加藤周一 二十世紀を問う」 海老坂武 岩波新書 2013年
㉕ 「日米合同原爆調査関連年表」 市民研・低線量被爆研究会 2010年
㉖ 「NHKスペシャル 封印された原爆報告書」 2010年8月6日放送
㉗ 「原爆投下 黙殺された極秘情報」 松木秀文他 新潮文庫 2015年
㉘ 「広島市立大学 語学センター Newsletter 35号、36号」 2010年
『周一四方のまなび』 1 9月のヒロシマ;血の調査 大井健地
『周一四方のまなび』 2 10月の宇品;調査と隠蔽 大井健地
㉙ 「原爆と日本の医学」 飯島宗一
15年戦争と日本の医学医療研究会会誌 May,2001
㉚ 「比治山陸軍墓地 略誌」 広島比治山陸軍墓地奉賛会 平成19年版
㉛ 「空白の天気図 核と災害」 柳田邦男 文春文庫 2011年
㉜ 「陸軍墓地が語る日本の戦争」 小田康徳他 ミネルヴァ書房 2006年
父が戦時中(復員時も含め)2度滞在することになった広島・宇品のことは、回想記を編集する過程で最も関心をもったことでした。とりわけ陸軍の船舶司令部や船舶練習部のあった宇品地区の様子は現在大きく変貌し、その詳細を知ることは難しくなっています。それだけに、①や⑤などで当時の様子を若干でも知ることができたことは幸いでした。
さらに、ブログにはまだ詳しく掲載していませんが、宇品の船舶司令部にいた丸山眞男、同じく宇品で被爆した岡田六郎(江戸屋猫八)、比治山陸軍墓地の歴史などについても興味をもちました。これらについては編集した本には記したのですが、機会があればこのブログにも記載したいと思っています。
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