黒川の佐久良太神社
佐久良太神社(岐阜県白川町黒川) 2018年11月撮影
この時季、よく知られた紅葉名所などを訪れたいとは全く思わない(奈良は別)。近所にも入鹿池があるし紅葉の綺麗なところは沢山あるが、むしろ行く秋の風景をただ眺めながら、ひとの少ない静かな山里でひとりぼんやりする時間がほしくなる。
11月末の連休最終日、久し振りに岐阜県の国道41号線を利用して白川町(有名な飛驒白川郷のある白川村ではない)方面へ行った。別ブログでは「飛騨川バス転落事故」と慰霊碑「天心白菊の塔」のことに触れたが、そこからさらに北上して41号を右折、白川町から東白川村と加子母村へ足を伸ばし、再び戻りながら白川町の黒川方面へも立ち寄った。どこも懐かしい場所ばかりである。
なかでも東白川村は、大学の先輩の出身地で、実は高校も同じだったことを知って互いにびっくりしたことがある。ジャズ喫茶というところに連れて行ってくれたのも彼だった。夏休みに仲間と実家へお邪魔したことがあったが、そのときの今まで見たこともない空の青さは衝撃であった。でも卒業後彼とは音信不通になってしまった。今どうしているのだろうか。
それとこの地域は、20年ほどまえに星を見たり天体写真を撮るため毎週のように通ったところだ。当時は諏訪から和田峠、八ヶ岳方面などにも遠征したが、やはり遠い。それより近い場所となると、名古屋方面の光を避けるにはどうしても黒川や東白川村、さらに加子母村あたりになる。20年ほど前は、「百武彗星」、「ヘール・ボップ彗星」、そして獅子座流星群の大出現などもあって何度も通った。自宅から1時間半以内で行ける。
この日は快晴。空の青さが格段にちがうのにあらためて感動する。夜に来たいな、と一瞬思ったが、たぶん星を見るために訪れることはもうないかもしれない。
今回、当時よく行った白川町の「大山白山神社」、加子母村の秘密の場所などを巡ったあと、帰る途中に黒川に寄った。
黒川にも寄ったのは理由がある。2週間ほど前、新聞・TVが岐阜県の満蒙開拓団のひとつ「黒川開拓団」について報じていた。黒川の「佐久良太神社」にある慰霊の「乙女の碑」に、今回あらたに「碑文」が付け加えられ、そのパネルの除幕式があったというニュースだった。すでによく知られた或る出来事にかかわることなのだが、マスコミはその「碑文」の全文を伝えてはいなかった。部分引用や要約だけで、こんなにも大事なことを自分が「わかった」などと言えるはずもない。いちど碑文を読みたいと思い、その懐かしい神社を訪れた。
いずれその黒川開拓団のことも記事にしたいが、躊躇もする。
書けないかもしれないともおもう。
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