« 馬の尿する枕もと① | トップページ | 月もたのまじ息吹やま »

2024年5月 2日 (木)

馬の尿する枕もと②

Umadsc00605
旧有路家住宅 屋敷内の厩(馬屋):3頭分設えてある。20231017

この「封人の家」は、庄屋の屋敷として堂々たる構えと風格を備えています。上の写真は母屋の板間の囲炉裏から広い土間を挟んで見た馬屋(厩)ですが、左側にさらに2頭分の馬屋があり、家のどこにいても常に馬の様子がうかがえる間取りになっています。

さて、芭蕉らの泊まった「封人の家」はどこの誰の家だったかについては昔から諸説あったようで、とくに曾良の『随行日記』が再発見・刊行された昭和18年頃からは議論が本格化したようです。曾良が「和泉庄や、新右衛門兄也」と記録している家とはどこなのかなどをめぐり、現在の「封人の家」の他にも宿の候補地はいくつか検討されたようです。議論が落ち着かなかったのは、史料の少なさの他に、当時この地域には国境争いがあったことや芭蕉らの歩いた道の特定が簡単にはできなかった事情もあったのかもしれません。
その後この屋敷の解体復元工事が1971~73年に行われ、家の様式や建築技法が300年以上の歴史を経ていると推定され、芭蕉がこの地域を歩いた頃には既にこの家があったのではないかと考えられるようになりました。さらに屋敷内にあった古文書やわずかに残るその他の地域史料の分析などによって、この旧有路家の屋敷が芭蕉の泊まった家の可能性はかなり高まったようです。
※参照『最上町史編集資料 第11号(堺田・有路家旧蔵文書)』
    1983年  解説の17~22頁

たぶんその後も議論は続いているのでしょう。
ただ所詮ブログなのでこれ以上深くは触れません。

帰宅後あらためてこの句について解説している幾つかの資料を図書館で調べてみましたが、文字だけの解説文ばかりを見て疲れたので、何か絵や図のようなものがないかと探していると、『マンガ日本の古典 奥の細道』(矢口高雄 中公文庫)』に目がいきました。その Part4「よしなき山中に・・・」を読みながら、ハッとするような描写と記述に出会うことになったのです。

その一コマ(136頁)には、馬屋の二階で眠る使用人の姿があり、さらに興味深い解説文(134頁)もありました。一部を引用します。

「大小の差はあれ有路家は苗字を許された肝入り(庄屋)であるから、使用人(作男等)の五、六人は常時かかえていたはずである。しかも当時の庄屋と使用人の関係は厳然たる一線を画するものだった。例えば厩のある家の使用人の寝所は、ハシゴで登った厩の二階だった。そこにワラを敷き、シベ布団(綿のかわりにワラが入った布団)で眠るのが慣例だった。」

そして秋田県の農家の生まれだった矢口さんは、昭和三十年代に「厩の二階で眠る使用人たちの姿」を見たことがあるとも書かれています。

今のところ矢口さんのこうした説明を他の資料で確認することはできていませんが、ありうる話です。
旧有路家の屋敷でいえば、芭蕉たちが寝たのは、厩のある「土間」と「ござしき」を挟んで少し奥にある「なかざしき」ではないかといわれます。それでも馬の小便の音が聞こえるようなこの地域の「人馬同居」の暮らしぶりに芭蕉もおおいに感じるところがあったのだと思います。句の「枕もと」の主人公は、やはり芭蕉と考えるのが順当なのでしょうが、ひょっとすると矢口さんが描いているような厩の二階(上の写真参照)に眠っていた作男の気分になって詠んだとも考えられます。

この句は旅の悲哀や辛さだけを詠んだものというよりも、むしろ人馬同居の生活をするこの地域の風土をふまえ、すこし諧謔味も含ませながら仕立てたものでしょう。何の衒いもなく、気取らず、鄙びた地域でのありのままの体験と実景を詠んだ句のように思えますが、一方で現代人にはあまり馴染みのない古典籍などにも通じていた芭蕉のことですから、自分などにはとうていわからないもっと深い意味も含んでいるかもしれません。

どうしようかとちょっと迷ったのですが(サクラちゃんにはやはり可哀想なこと)、以前たまたま見つけた或る動画を埋め込みます。
調馬索を持つ方との会話を聞いていると、お馬さんへの親愛(≒敬愛)の情は今も昔も変わらないものだと思いました。
(なお、馬の排尿量は体重比でみるとむしろ人間より少ないとか)


※「尿」の読みのこと。
諸説あって、一般的には「しと」でしょうが、【曾良本】あるいは【芭蕉自筆とされる中尾本】などには「ハリ」のルビがふってあり、最近は「ばり」の読みが有力のようです。なお『泊船集』に「蚤虱馬のばりこく枕もと」とあるようなので、芭蕉はやはり「ばり」という読みが当初から念頭にあったのかもしれません。
でもわたくしとしましては「しと」が好みですが。

|

« 馬の尿する枕もと① | トップページ | 月もたのまじ息吹やま »

旅行・写真・無線」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 馬の尿する枕もと① | トップページ | 月もたのまじ息吹やま »